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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10187号 判決

原告 長田謹吾

被告 合名会社根上製作所

主文

被告は原告に対し金二十万九百八十六円三十銭及びこれに対する昭和二十八年十一月十三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り原告において金七万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二十万千五百五十円及びこれに対する昭和二十八年十一月十三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、原告は昭和十六年十月二十四日被告会社に入社し爾来資材係として勤務し昭和二十八年四月十五日円満退社した。しかしてその退職時における給料の額は月額本俸三万千円、手取金二万五千円であつた。ところが被告会社の社則第八十九条によれば社員の退職に際しては退職金として本俸月額に勤続年数を乗じた額の七割以上を支給する旨を規定している。そこでこれを原告の場合に適用すれば右手取額を基準としても金二十万千五百五十円の退職金の支給を受け得べき筋合である。よつて原告は被告に対し右退職金及びこれに対する支払命令送達の日の翌日たる昭和二十八年十一月十三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付して支払を求めるものである。仮に原告の本俸月額が被告主張のとおりであるとしても前記社則にいわゆる本俸月額とは毎月現実に支給される手取額を意味するのであつて被告は前記退職金の支払義務を免れるものではないと述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実中原告がその主張の期間被告会社に勤務したこと、その退職時における手取収入額が原告主張の金額であつたこと、被告会社の社則第八十九条が原告主張の事項を規定していることは認めるがその余の事実はすべて認めない。原告は円満退職したものではなく昭和二十八年二月以降被告会社の売上金を横領する等不都合の所為があつた廉で右社則第十七条に基き懲戒処分として解雇を受けたものである。しかして同社則第八十八条によれば右の場合には退職金の支給をしない旨規定されているから被告には原告に対し退職金を支給すべき義務はない。なお原告の本俸月額は金千五百円であつて前記手取額には本俸以外の手当が含まれている。従つて仮に原告に退職金を支給するとしても前記社則第八十九条の適用上右本俸月額を基準としなければならないと述べた。(立証省略)

理由

原告が昭和十六年十月十四日から被告会社に社員として勤務し昭和二十八年四月十五日退職したこと、しかして被告会社の社則第八十九条によれば社員の退職に際しては退職金として本俸月額に勤続年数を乗じた額の七割以上を支給する旨が規定されていることは当事者間に争がない。

ところで被告は原告の退職は不都合な所為があつたので懲戒解雇をなしたものであるがかかる場合には社則第八十九条の規定により退職金の支給をなす義務がない旨主張するが証人斎藤由美、同遠田麻雄の各証言並びに被告会社代表者本人尋問の結果によつても僅かに被告会社がネガ複写機の製造販売を営み原告に販売代金の集金を費消し又競争会社の商品を販売した疑があるため原告を退職させることとし斎藤由美を通じて退職を求めその結果原告が退職を余儀なくなされたことが窺われるに止まり右認定を超えて被告が原告に対する右疑につき確証を挙げこれを事由に懲戒解雇に付したことについてはこれを肯認するに足る証拠がないから被告の右主張は理由がない。

従つて被告は前記社則の規定に従い原告に対し退職金を支払うべき義務があるものと謂わなければならない。

そこで被告の支給すべき退職金の額について考えてみると被告会社代表者本人尋問の結果並びにこれにより真正に成立したものと認める乙第二号証によれば被告会社は従前社員に対し本俸に物価手当、家族手当、職務手当及び販売業務手当なる名目の金額を加えたものを俸給として支給していたこと、ところが昭和二十五年四月以降は本俸、手当の区別をなさず俸給の総額のみを示して支給するようになつたことが認められ更に本件原告並びに弁論分離前の原告小出明の各本人尋問の結果によれば被告会社はその後社員に対し俸給の引上を承認した際においても本俸、手当の区別をなしてその月額を明らかにすることなく税抜の手取額を示したにすぎないことが認められるから特段の事情がない限り被告会社は昭和二十五年四月中税込の支給額を以て本俸とすることに俸給制度を改めたものと認める外はない。従つて社則第八十九条に謂う「本俸月額」とは従前においては前記諸手当を控除した税込の俸給一箇月分を意味したものであるが右俸給制度の改正に伴い税込の総支給額一箇月分を意味することになつたものと解するのが相当である。しかるに原告の退職時における俸給手取額が月額金二万五千円であつたことは当事者間に争がない。しかして原告は税込の本俸月額は金三万千円であつた旨主張するがこれを認めるに足る証拠がないから右手取額を以て退職金算定の基準としなければならない。よつてこれに前記勤続年数十一箇三百六十五分の百七十七を乗じその七割に当る金額を算出すれば金二十万九百八十六円三十銭となること計数上明らかである。してみると被告は原告に対し少くとも右金額の退職金を支払うべきものである。

よつて原告の本訴請求は被告に対し金二十万九百八十六円三十銭及びこれに対する支払命令送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和二十八年十一月十三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容しその余を失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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